音楽制作に情熱を注ぎ、いざ配信に踏み切ったとき、多くのクリエイターが直面するのが「音質」と「音量」の課題です。「なんか音がこもって聴こえるな」「ほかのプロの曲に比べて、自分の曲だけ音が小さい気がする…」と感じたことはありませんか?これらの問題が発生すると、リスナーにとって聴きにくい音源となり、場合によっては配信プラットフォームでの評価にも影響を及ぼすことがあります。
この記事では、そうした音の悩みを解決するために、プロが実践する具体的なミックス・マスタリングのテクニックを解説します。
配信時に悩む音の問題とは
音楽を配信する際、さまざまな音の問題が発生することがあります。特に、配信プラットフォームのオーディオ圧縮や、モニタリング環境が不十分な場合、音質に大きな影響を与えることがあります。ここでは、主な問題を整理してみましょう。
音がこもってしまう原因
音がこもって聴こえる原因は、単一ではなく複数の要素が複雑に絡み合っていることがほとんどです。
ミックス時の不適切なEQ設定
ミックス時に中低域が過剰にブーストされると、音全体が濁り、特にボーカルや高音楽器のクリアさが失われます。特定の周波数帯域が過剰に重なることでマスキング効果が発生し、音が団子状になってしまうのです。このような場合、ボーカルやメロディーが埋もれてしまい、音がこもって聞こえることがあります。
モニタリング環境の不備
音楽制作において、最も重要な要素の一つがモニタリング環境です。安価なスピーカーやヘッドホンは、特定の周波数帯域を誇張して再生する傾向があり、正確な音の判断を妨げます。これにより、こもりを自覚しないままミックスを進めてしまうリスクが高まります。
周波数帯域の衝突
複数の楽器が同じ周波数帯域を占有すると、音がぶつかり合い、結果としてこもった印象を与えます。例えば、ベースとキックドラムの低域、ボーカルとシンセサイザーの中域などが競合しやすいポイントです。
サンプル音源の音質が悪い
使用するサンプルや音源の質が低い場合も、音がこもってしまうことがあります。制作に使用する音源自体が低品質である場合、どれだけミックスを丁寧に行っても、クリアな音質を得ることは困難です。音源に元から含まれるノイズや不要な成分が、音のこもりの原因となります。
他の曲と比べて音が小さくなる理由
「他の曲と比べて音が小さい」と感じる場合、「ラウドネス」という概念が、この問題の鍵を握っています。単に音量を上げれば良いという単純な話ではありません。
ラウドネスの違い
多くの配信プラットフォームは、楽曲の音量を均一化するラウドネスノーマライゼーションという機能を導入しています。これは、曲ごとの音量差をなくし、リスナーが快適に聴けるようにするためのものです。もしあなたの楽曲のラウドネス値が低いと、再生時に自動的に音量が引き上げられず、他の楽曲より小さく聴こえてしまいます。
「ラウドネスノーマライゼーション」Spotify公式
https://support.spotify.com/jp/artists/article/loudness-normalization/
ダイナミクスの調整不足
音量のバランスが悪いと、特に静かな部分が目立ちすぎたり、逆に強すぎて音が不自然に聞こえることがあります。これを調整するためには、コンプレッサーやリミッターを使ったダイナミクス調整が重要です。コンプレッサーやリミッターを使ったダイナミクス調整が不十分だと、音の大小の差が激しくなり、全体の平均的な音量が低くなります。特に静かな部分が多すぎると、楽曲全体のラウドネス値が下がりやすくなります。
音源のピークレベルが低い
マスタリング前のミックス段階で、楽曲の最大音量(ピークレベル)が低すぎる場合、マスタリングで音量を上げようとしても、音質が劣化するリスクが高まります。特に、コンプレッションやリミッティングを強くかけすぎると、音が潰れたり不自然になったりします。
ミックスで解決できる音質の問題
ミックスは、個々のトラックの音を調整し、ひとつの楽曲として完成させる重要なプロセスです。この段階での適切な処理が、音質の土台を築きます
イコライジング(EQ)の使い方
音がこもる問題の最大の原因は、不適切なEQ処理にあります。周波数帯域の交通整理をすることで、音の明瞭度を格段に向上させることができます。
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ローカット(High-Pass Filter): 無駄な低域をカットするテクニックです。ボーカルやギターなど、低域の成分が不要なトラックには積極的に適用しましょう。これにより、低域の不要なエネルギーが除去され、ベースやキックの低音がよりクリアになります。
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マスキングの解消: 周波数アナライザーを使用して、特定の周波数帯域で音が重なっていないかを確認します。もし複数の楽器が同じ帯域でぶつかっている場合、片方の楽器のその帯域をわずかにカットし、もう一方の楽器の聴かせたい帯域を少しブーストするなど、互いに道を譲るように調整します。
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中音域の調整: 中音域は、ボーカルや楽器の「おいしい部分」が詰まっていますが、過剰に存在すると音が硬く、耳に痛い印象を与えます。必要に応じてこの帯域を適切にカットすることで、音のバランスが取れた、聴きやすいミックスに仕上がります。
コンプレッションとダイナミクス
コンプレッサーは、音のダイナミクス(音量の幅)をコントロールし、全体の音圧を均一化するために不可欠なツールです。
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適切なコンプレッション: ボーカルやドラムなど、音量にばらつきがあるトラックにコンプレッサーを適用することで、音が安定し、楽曲全体で存在感が際立ちます。ただし、強くかけすぎると音が潰れて不自然になるため、アタックやリリースといったパラメータを細かく調整し、自然なコンプレッションを心がけましょう。
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サイドチェイン: キックとベースのように低域でぶつかりやすい楽器に対しては、キックの音が鳴ったときにベースの音量を一時的に下げるサイドチェインコンプレッションが有効です。これにより、キックの存在感を際立たせつつ、低域のクリアさを保つことができます。
よくあるミックスの失敗とその修正法
ミックスを行う際、初心者でも経験者でもよく犯してしまうミスがあります。これらのミスを改善することで、音質を格段に向上させることができます。ここでは、よくあるミックスの失敗とその修正方法を解説します。
過度なエフェクト使用による問題
エフェクトを過度に使用すると、音が過剰に処理され、元々の音が失われることがあります。特にリバーブやディレイなどの空間系エフェクトを使いすぎると、音がぼやけてしまい、明瞭さが欠けてしまいます。
修正法
音量バランスの取り方
音量のバランスが悪いと、特にボーカルが埋もれたり、ドラムのキックが強すぎたりすることがあります。これにより、全体の音が混雑してしまい、聞きづらくなります。
修正法
配信のための最適化とマスタリング
ミックスが完了したら、次は「マスタリング」と「配信フォーマットへの最適化」という最終工程に進みます。マスタリングは、ミックスされた音源を最終的な商品として完成させるためのプロセスです。主な目的は以下の通りです。
配信フォーマットの選び方
配信プラットフォームにはさまざまな音楽フォーマットがあります。例えば、SpotifyやApple Musicなどでは、一般的にMP3やAAC形式が使用されますが、音質を最大限に保つためには、より高音質なフォーマット(WAVやFLAC)を使用することが推奨されます。
最適化のポイント
音量レベルとラウドネスの調整
音量レベルは、音楽の最終的なラウドネスに大きく影響します。各配信プラットフォームでは、ラウドネス規格(Loudness Normalization)に基づいて音量が調整されるため、自分の曲が他の曲と比べて音量が小さくならないように注意が必要です。
調整方法
7つの音質向上のヒント
音質を向上させるためには、細部に気を使った調整が重要です。ここでは、音質向上のために実践すべき7つのヒントを紹介します。
1:モニタリング環境の徹底
制作環境の音響特性を正確に把握することが、ミックスの成功の第一歩です。吸音材やベーストラップなどを活用し、ルームアコースティックを改善しましょう。
2:高品質なモニターの選択
正確な音像を捉えるために、できるだけフラットな特性を持つモニタースピーカーやヘッドホンを選びましょう。複数の異なるモニタリング環境で音を確認することも重要です。ヘッドホンは、密閉型は低音が強調されがちなので、オープンバック型のヘッドフォンを選ぶことで、より自然な音を感じることができます。
3:プラグインの質を追求
ストックプラグインだけでなく、より精度の高い高品質なEQ、コンプレッサー、リバーブプラグインを導入することで、ミックスの幅が広がります。
4:リファレンス楽曲の活用
自分の制作している楽曲とジャンルや雰囲気が似ているプロの楽曲をリファレンスとして使用し、ミックスやラウドネスを比較しながら作業を進めましょう。
5:音源のクリーンアップ
録音された音源にノイズや不要な成分が含まれていないか、ミックス前に丁寧に確認・除去しましょう。
6:マスタリングの分離
ミックスとマスタリングは、工程を分けて行うことを推奨します。可能であれば、マスタリングはミックスとは別の日に、新鮮な耳で行うとより良い結果が得られます。
7:最終チェックの徹底
PCのスピーカー、スマートフォン、イヤホン、カーステレオなど、様々な再生環境で必ず最終チェックを行いましょう。リスナーが聴くであろう環境で問題がないかを確認することが、最も重要な最終確認です。