音楽は作品であると同時に「知的財産」|元A&Rが語る、お金の流れと権利

「曲を作って配信すれば、収益になる」。 そう考えている制作者は多いはずです。
でも実際の音楽ビジネスでは、収益源は配信だけではありません。
さらに、「曲」と「録音物」は別の権利として扱われます。
本記事では、元A&RのMatt McNeelが語った内容をもとに、音楽制作者が知っておきたいお金の流れと権利の基本を解説します。 Dreamvilleの制作キャンプに関する公開情報も、あわせて紹介します。
出典:Matt McNeelのインタビュー動画と、Dreamville「Revenge of the Dreamers III」制作キャンプの公開情報。 内容は、MASTER SOUND編集部が制作者・BGM制作者向けに再構成しました。
音楽業界は変わったが、音楽ビジネスは壊れていない
MattはDreamville、Warner Recordsなどで、A&Rとして活動してきました。50 Cent、Ashanti、J. Coleらにつながる仕事も経験しています。彼の主張は、次の一言に集約されます。 「昔の音楽業界のモデルは壊れているが、音楽ビジネスそのものが壊れているわけではない」。
かつては、決まったルートがありました。 アーティスト発掘、レーベル契約、大規模なMV制作、ラジオとCD販売、スター化という流れです。今は、別のルートもあります。 SNSでの発信、ストリーミング、ファン形成、A&Rによる発見、レーベル契約という流れです。入口が1つではなくなりました。
Mattは、以前より多くの人が音楽で稼げる可能性があると語ります。 ただし、誰でも簡単に成功できるわけではありません。チャンスは広がりましたが、掴むには自分から動く必要があります。
音楽の収益は「ストリーミング」だけではない
制作者にとって大切なのは、「どこからお金が来るのか」という視点です。 リスナーは、Spotifyなどで再生されれば、アーティストにお金が入るとイメージしがちです。実際の収益源は、もっと多くあります。
次の表は、Mattが挙げた主な収益源を、「誰が受け取る収入か」で整理したものです。
収益源 | 内容 | 主に関わる人 |
|---|---|---|
ストリーミング(Streaming) | 配信サービスでの再生 | アーティスト・レーベル |
パブリッシング(Publishing) | 楽曲(作詞・作曲)の権利からの収益 | ソングライター・プロデューサー |
ラジオ(Radio) | ラジオ放送での使用 | 作家・アーティスト |
シンク(Sync) | 映画やCMなどへの同期利用 | 作家・アーティスト |
メカニカル/パフォーマンス/マスターのロイヤリティ | 複製・演奏・録音物ごとの権利収入 | 権利者それぞれ |
ライブ/マーチャンダイズ/エンドースメント | 公演、グッズ、広告契約 | アーティスト |
ジングル・CM音楽 | 広告用の音楽制作 | 作曲家・制作者 |
※インタビューでの発言をもとに、編集部が分類しました。国や契約により異なります。
Mattが特に強調するのは、Publishingです。
ソングライターやプロデューサーにとっては、ストリーミング収益より、ラジオやSyncのほうが大きな収益源になる場合があると言います。
Publishingとは?「曲」と「録音物」は別の権利
ここは、インタビューで最も重要な部分の1つです。
Song(曲)とMaster(録音物)の違い
レーベルは、録音された音源である「Master」を中心に扱います。 Publishingは、「曲そのものの著作権」を扱います。
Song ≠ Masterです。 この違いを知らないと、音楽ビジネスの契約は非常に分かりにくくなります。
Co-PublishingとAdministration Dealの違い
Publishing契約には、大きく分けて2つの形があります。
Co-Publishing Deal
出版社側が著作権の一部を取得する代わりに、Advance(前払い金)、A&R、セッション設定、アーティストとの紹介、Sync機会、ビジネス面のサポートなどを提供します。「お金と機会を提供する代わりに、著作権の一部を共有する」という考え方です。
Administration Deal
著作権そのものは作者が持ったまま、出版社側に管理・回収を委託する仕組みです。例えば90/10のような契約なら、作者が90%、管理会社が10%という形で収益を分けます。重要なのは、Administrationでは著作権の所有権を手放さないケースがあるという点です。
契約では、「いくらもらえるか」だけで判断しないでください。 「何%の権利を渡すのか」を、必ず確認する必要があります。
「100万ドル契約」の中身を見る
インタビューでは、「100万ドルのレコード契約」でも、本人に100万ドルが入るとは限らないと説明されています。
例えば、次のような内訳があり得ます。
- Advance:40万ドル
- Recording budget:30万ドル
- Marketing budget:30万ドル
つまり、契約総額 ≠ 本人の現金収入です。 日本でも同じで、「100万円の契約」「1000万円の契約」という金額だけでは判断できません。
金額の内訳と、回収対象(recoupable)かどうかを見ましょう。 そして、権利を誰が持つのかも確認が必要です。
プロデューサー・作曲家にとってPublishingが重要な理由
プロデューサーの場合、ヒットしても「ビートを売ったお金」だけで終わるとは限りません。
曲がラジオで流れる、映画やCMで使われる、配信される、他のアーティストにカバーされる。 こうした利用のたびに、著作権収益が発生する可能性があります。
Mattは、Publishingを「bread and butter(生活の糧)」だと説明します。 一発のビート販売ではなく、長期間にわたって作品から収益を得るという考え方です。
インタビューでは、トップ40で長期間1位を獲得するヒット曲の例も語られました。 BMIやASCAPなどから、Performance royaltyが継続的に発生する可能性があるという話です。
たとえば、ヒット曲のWriter’s shareを25%持っているとします。 その曲が流れ続ける限り、ロイヤリティが入り続けます。
大切なのは、「1曲作った瞬間に終わり」ではないことです。 その曲が利用され続ける限り、収益の機会が続きます。
制作をビジネスとして考えるなら、次の掛け算が重要です。
制作力 × 権利保有 × 利用期間 × 利用範囲
A&Rの仕事は「新人発掘係」だけではない
A&Rは「Artists and Repertoire」の略です。 かつては、アーティストやプロデューサーを探し、セッションを組み、レーベルに音源を届けることが中心でした。
今はさらに複雑です。 Mattは、耳だけでなく、目とデータも使う必要があると語ります。
耳・目・データの3つを組み合わせる
判断材料 | 評価内容 |
|---|---|
Ear(耳) | 「この曲は良い」と感じるか。 |
Eye(目) | 「SNSで伸びている」か。 |
Data(データ) | 「再生数・フォロワー・成長率が上昇している」か。 |
数字だけで判断しない:「Data+Taste」
Matt自身は、数字だけを信用しているわけではありません。 重視するのは、「もし自分が契約しなかったとしても、この人のファンになるか」という感覚です。
100万再生だから契約するのではありません。 自分自身が、そのアーティストを本当に好きになれるかを見ます。データも重要です。ただし、Data+Tasteの両方が必要だという考えです。
Tasteには、2つの意味があります。 1つは、自分が何を好きなのかを理解していること。もう1つは、自分の好みだけで世界を判断しないことです。
たとえば、ヒップホップしか聴かない人がいるとします。 その人が、世界的に成功しているEDM曲を「自分には合わないからダメ」と切り捨てるのは危険です。
「自分は好きではない。でも、このジャンルでは何が評価されているのか」と考える視点が求められます。 優れたA&Rには、自分の好みを持ちながら、それを絶対視しない力が必要です。
J. ColeとDrakeに感じた「もう一度聴きたい」
MattはJ. Coleを大学時代から知っていました。 ただ、当時から世界的スターになると確信していたわけではありません。
転機は、「I Get Up」(2009年、ミックステープ『The Warm Up』収録)でした。 聴いたとき、「この曲は聴いた人の感情を動かす」と感じたといいます。
Drakeの「Best I Ever Had」(2009年)も同じです。 初めて聴いたあと、車で何度も繰り返し聴いたと語っています。
「ラップが上手い」「ビートがすごい」だけが基準ではありません。 聴いた人に何かを感じさせるかを見るのが、A&Rの本質です。
「もう一度聴きたい」「誰かに教えたい」という身体的・感情的な反応も、重要な判断材料になります。
Dreamvilleの制作キャンプに見る「量から質を選ぶ」プロセス
インタビューでは、Dreamvilleの制作キャンプも語られました。 「Revenge of the Dreamers III」に関連するキャンプです。
公開情報では、次のように報じられています。
- 時期・場所:2019年1月、アトランタのTree Sound Studios
- 期間:10日間
- 参加者:343人のアーティスト・プロデューサー
- 録音曲数:142曲
この中から、最終的にアルバムに収録される曲が選ばれました。 代表例は「Down Bad」で、J. Cole、JID、Bas、EARTHGANG、Young Nudyが参加しています。
この事例が示すのは、大量に作る→試す→反応を見る→選ぶというプロセスです。 最初から「この1曲を完成させる」と決めるのではなく、量の中から質を見極めます。
SNSは「宣伝」ではなく「発見装置」になった
Mattは、「自分を発見してほしいなら、まず自分から音楽を出さなければならない」と話します。
かつては、レーベルのA&Rに発見されることがスタート地点でした。 今は、自分で作品を公開し、SNSでコンテンツを出し、ファンが反応し、それをA&Rが発見する、という流れが成立します。
現在のアーティストにとって、Music+Contentはセットです。
これは、音楽そのものの価値が下がったという意味ではありません。 良い音楽を発見してもらうための導線が増えた、と捉えるべきでしょう。
Instagram、TikTok、YouTubeで「この人の音楽を聴いてみたい」と思わせる。 それが、Spotifyなどのストリーミングへの入口になっています。
実践:音楽制作者のための6ステップ
ここからは、インタビューから得られる実践的な考え方です。 まず、「何を成功とするか」を決めることから始めます。
1. 「何をしたいのか」を先に決める
Mattが2026年のアーティストに向けて語るアドバイスの中心は、「まず自分が音楽から何を得たいのかを決めろ」です。
世界的スターになりたいのか。ラジオヒットを作りたいのか。自分の音楽だけで生活したいのか。 映画音楽やCM音楽を作りたいのか。作曲家やプロデューサーとして活動したいのか。
目指す方向で、取るべき戦略は大きく変わります。 「成功したい」だけでは抽象的です。何を成功と定義するのかを先に決めましょう。
もう1つ、Mattは「考えすぎることが最大の時間の浪費」だとも言います。 「もっと準備してから」と考え続けると、いつまでも始められません。
行動すれば、失敗、修正、経験、人脈、方向性といったフィードバックが得られます。 行動そのものが、市場調査になります。
2. アーティストである必要はない
Matt自身も、最初から成功した制作者ではありませんでした。 「自分でビートを作るより、プロデューサーを支援する方が向いている」と気づき、マネジメントやA&Rの道へ進んだそうです。
音楽が好きでも、アーティストになる必要はありません。 入口は、次のように多岐にわたります。
Manager、A&R、Producer、Songwriter、Engineer、Mixer、Mastering Engineer、Music Supervisor、Publisher、Sync Agent、Video Director、Content Creator、Marketing、Artist Developmentなどです。
3〜6. 実践フレームワーク
インタビューから整理すると、次の6ステップになります。
- 自分のスキルを決める:何ができるのか。
- 誰を助けられるのか決める:どんなアーティスト・企業・映像制作者に価値を提供できるのか。
- 作品を公開する:見つけてもらえる状態を作る。
- 人との関係を作る:Mattが繰り返し語る「Show up」。現場に行く、人と会う、手伝う、信頼される。
- 権利を理解する:Master、Publishing、Performance、Mechanical、Syncなどの違いを知る。
- 自分の資産を積み上げる:一回きりの収入ではなく、長期間収益を生む作品・著作権・カタログを作る。
まとめ:音楽は「知的財産+ビジネス」
このインタビューは、音楽で成功する方法だけの話ではありません。 本質は、音楽を「作品」ではなく「知的財産+ビジネス」として考えることです。
流れをまとめると、次のようになります。
自分の才能を見つける → 必要とする人とつながる → 作品を作る → 権利を持つ → 利用してもらう → 長期的に収益化する
SNSやストリーミングで入口が増えた一方で、競争相手も増えました。 だからこそ、音楽 × コンテンツ × 人脈 × 権利 × ビジネスの5つを理解することが重要です。
MASTER SOUNDが考える、BGM・ストック音源における権利の重要性
このMaster(録音物の権利)とPublishing(楽曲そのものの権利)の違いという考え方は、ストックミュージックやBGM、CM音楽、映像音楽の制作にもそのまま当てはまります。企業向けのBGM制作や、Audiostock・Pond5のようなライセンスプラットフォームでの音源販売では、「誰が著作権を持つか」「商用利用の範囲はどこまでか」「Sync利用の際の権利関係はどうなっているか」を明確にしておくことが、後々のトラブルを防ぐだけでなく、長期的な収益機会にもつながります。
MASTER SOUNDでは、著作権譲渡・商用利用可という条件を明確にしたご提供を基本としながら、案件によって権利の持ち方を柔軟にご相談いただける体制を大切にしています。一曲を売って終わりにするのではなく、その楽曲がどのように使われ、どのように収益を生み続けるかという視点を持って、制作・権利設計に取り組んでいます。
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登場した楽曲・アーティストの一覧
楽曲 | アーティスト | インタビューでの意味 |
|---|---|---|
Best I Ever Had(2009年) | Drake | Mattが「スターになる」と感じた代表例 |
I Get Up(『The Warm Up』収録、2009年) | J. Cole | J. Coleの才能を確信したきっかけとして紹介 |
Down Bad | Dreamville(J. Cole、JID、Bas、EARTHGANG、Young Nudy参加) | Dreamville制作キャンプの代表的成果 |
Love Me(2013年) | Lil Wayne feat. Drake & Future | プロデューサーのビートが大型楽曲につながった例 |
Replacement Girl | Drake feat. Trey Songz | Mattが初期Drakeを知ったきっかけ |
School Daze | J. Cole | 初期J. ColeのMySpace時代の作品として言及 |
Dreams | Cozz | MattがCozzを発見したきっかけ |
Big Pimpin’ | JAY-Z | 意外なソングライティング・クレジットの例として言及 |
Revenge of the Dreamers III 制作キャンプ | Dreamville | 2019年1月、アトランタのTree Sound Studiosで10日間開催。343人が招待され142曲が録音された |
本記事は、A&R・マネジメント経験者Matt McNeelへのインタビュー動画の内容と、Dreamville「Revenge of the Dreamers III」制作キャンプに関する公開情報をもとに、MASTER SOUND編集部が音楽制作者・BGM制作者向けに再構成したものです。






