ロックギターを広くするミックス術|ダブルトラッキング・パンニング・EQの基本

「ギターをもっと大きく、迫力のある感じにしたい」。そう思ってフェーダーを上げたら、ボーカルとぶつかって窮屈になった。左右に振ってみたけれど、むしろ薄くなった。そんな経験はありませんか。
ギターを大きく、広く聞こえるようにするには、音量を上げるより、「広く聞こえる構造」を作ることが重要です。
具体的には、ダブルトラッキング、中央に残す要素の決め方、EQとリバーブの役割分担の3点です。
この記事では、プロエンジニアStewart Geddes氏の解説動画を参考に、ミックス・マスタリングを手がけるMASTER SOUNDの現場の視点を加えて解説します。執筆は、プロ歴20年以上のミックスマスタリング・エンジニアです。
出典:How To Mix Rock Guitars (and get them WIDE!) :(Pensado’s Place)
ギターのサウンドを広げる4つの方法
やること | ポイントと方法 |
|---|---|
ダブルトラッキング | 同じフレーズを2回、別々に弾いて、左右に振る |
中央の要素 | キック・スネア・ベース・ボーカルは中央に置く |
EQ | ギター単体ではなく、ミックスの中で居場所を作る |
リバーブ | 奧行きと一体感に使う。かけすぎない |
重要なのは、「広い=音量が大きい」ではないということです。
ギターの「音量を上げても大きく聞こえない」はなぜ?
ギターを大きくしようとしてフェーダーを上げると、ボーカルやキック、スネアとぶつかります。結果として、ミックス全体が窮屈になりやすいです。
ロックギターのミックスで本当に必要なのは、「音量を上げること」ではなく、「ギターが大きく、広く聞こえる構造を作ること」です。
ギターをコピペで左右に振るだけでは音は広がらない
完全に同じギターのトラックをコピーして、左右に振っても、広がりは生まれません。左右から同じ音が聞こえるため、音は中央に聞こえます。
広がりを作るために必要なのは、左右で違う音が鳴っていることです。そのために、「ダブルトラッキング」を使います。
音に広がりを生むダブルトラッキングとは
例えば、同じギターパートを、2回、別々に演奏して録音し、左右に振り分ける方法です。
人間が演奏する以上、タイミング、ピッキングの強さ、ピッチ、ニュアンスに、微妙な違いが生まれます。この「完全には一致しない2つの本物の演奏」を左右に置くことで、自然なステレオの広がりが生まれます。
やり方 | 結果 |
|---|---|
同じトラックをコピーして、左右に振る | 広がらず、中央に聞こえる |
同じフレーズを2回別々に弾く | 自然な広がりと厚みが出る |
「音をステレオにする」ことと、「ステレオに聞こえる演奏を用意する」ことは、似ていますが、別の作業です。
録るときのポイント
広いのに、ボーカルが埋もれない配置は?
ギターを左右に広げても、曲の中心にあるべき要素は、中央に残しましょう。
パート | 位置 |
|---|---|
キック | センター |
スネア | センター |
ベース | センター |
ボーカル | センター |
ギター | 左/右 |
この構成にすると、中央に重要な要素を残したまま、ギターが左右の壁のように広がります。ボーカルが埋もれることなく、ギターは大きく、力強く聞こえます。この考え方は、ロックに限らず、EDMやポップスにも応用できます。
中央の存在感の考え方は、「プロっぽい音」はミックスでは作れない|AWAKENDが語る制作哲学でも解説しています。
曲の展開に合わせて、ステレオ幅を変える
ステレオ幅は、曲の最初から最後まで一定にする必要はありません。セクションごとに変えると、曲全体に抑揚が生まれます。
セクション | ギターの配置 | 効果 |
|---|---|---|
ヴァース | 左+中央+右 | 密度の高いサウンド |
コーラス | 左+右 | ボーカルが前に出て、開放感が出る |
ヴァースで中央にもギターを重ねて密度を作り、コーラスで中央のギターを外すと、相対的にボーカルが前に出て、サビの開放感が強調されます。「常に広げる」のではなく、「どこで広げ、どこで空けるか」を設計することが、ポイントです。
EQで、ミックスの中の「居場所」を作る
ギターを左右に広げても、低域や中域が渋滞していれば、ミックス全体が濁ります。ギター単体で「太くて格好いい音」に仕上げるより、ベースやボーカルと同時に鳴らしたときに、被らない居場所を作ることが重要です。
パート | 役割 |
|---|---|
ベース | 低域の土台 |
キック | アタックと低域 |
ギター | ローミッド〜ミッドレンジ |
ボーカル | 中域〜高域 |
ギターの存在感に関わる2〜5kHz帯は、ボーカルと重なりやすい帯域です。ソロで聴いた気持ちよさではなく、「ミックス全体の中で成立する音」を基準にEQを設計しましょう。詳しい考え方は、プロのミックス判断基準|EQは「足す技術」ではなく「整理する技術」をご覧ください。
リバーブは、奧行きと一体感のために使う
左右の配置ができたら、次に奧行きを作ります。ただし、かけすぎるとギターが後ろに引っ込み、輪郭がぼやけます。
ギター専用のリバーブだけでなく、ボーカルなど他のパートと同じ空間系エフェクトを共有すると、別々に録音したパートが「同じ部屋で一緒に演奏している」ような一体感を生み出せます。濁りが気になるときは、音がこもる原因と直し方|DTMミックスの7つのチェックをご覧ください。
素材が1本しかないときは:ワイドナーを使う
録り直しができない場合や、時間が限られる場合は、Soundtoys MicroShiftのような「ワイドナー」系のプラグインで、モノラルのギターをステレオ感のある音にできます。微小なピッチ差と時間差を使って、人工的に広がりを作るタイプです。
本物のダブルトラック | ワイドナー系プラグイン |
|---|---|
演奏そのものの違い | 信号処理による人工的な差 |
自然なサウンド | 設定で自然に聴かせる |
録り直しに時間がかかる | 設定ですぐできる |
モノラルでもしっかり聴こえる | 音が痩せたり消えたりする場合がある |
どちらが良い・悪いということではありません。録り直せるならダブルトラッキングを優先し、素材が1本しかないときや時間がないときに、ワイドナーで補うという基準が実務で役立ちます。
ワイドナー系のプラグインは、試聴デモを確認できるものもあります。自分のギターの音で、モノラル確認をしながら試してから、選びましょう。
必ずモノラルで確認する
ワイドナーや、ディレイを使った広がりのエフェクトを使ったときは、モノラルで聞いて確認しましょう。スマートフォンや小型スピーカーでは、左右の音が混ざって聞こえる場合があるためです。
この確認は、DAWのモノラルスイッチや、モノラル化するプラグインでできます。
手順のまとめ:「広く聞こえる構造」を作る
「音を広げる」のではなく、「広く聞こえるミックス構造を作る」ことが、ポイントです。
最も大切なのは、「Wide=音量が大きい」ではないということです。広く聞こえるミックスとは、左右に情報があり、中央に必要な要素があり、前後にも奧行きがある状態のことです。
MASTER SOUNDのミックスで大切にしていること
MASTER SOUNDでオンラインミックス・マスタリングをご依頼いただく際も、この考え方を基本にしています。「ギターを大きくしてほしい」というご要望をいただいた場合、単純に音量を上げるのではなく、パンニング、EQ、空間系エフェクト、他パートとのバランスまで含めて調整します。
ご自身でミックスをしていて、「ギターを広げたいのに、音が薄くなってしまう」「ボーカルが埋もれてしまう」というお悩みがある方は、楽曲データをお送りください。曲の展開に合わせたステレオ設計まで含めて、仕上げをお手伝いします。
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よくある質問
同じギタートラックをコピーして、左右に振ってもいいですか?
コピーして左右に振っても、広がりは生まれず、音は中央に聞こえます。広がりを作りたいなら、別々に弾いたダブルトラッキングがおすすめです。
ダブルトラッキングをするとき、同じフレーズを弾く必要がありますか?
あります。同じフレーズを、2回弾くからこそ、微妙な違いが自然な広がりになります。違うフレーズを左右に置くと、ハーモニーや別パートとして聞こえるためです。
キックやベース、ボーカルを中央に置く理由は?
曲の中心にある要素だからです。スマートフォンやモノラル再生でも、安定して聞こえやすくなります。
パンニングは、L100とR100にするのが正しいですか?
曲や好みにより、最適な位置は変わります。まずは、左右を大きく分けて、モノラルでも確認しながら、微調整してください。数字を決めつけるより、「中央の要素が埋もれていないか」を基準にします。
ワイドナープラグインは、使ってもいいですか?
使って構いません。ただし、人工的な広がりです。モノラルで聞いて、ギターが痩せたり消えたりしていないか確認してから、使いましょう。録り直せるなら、本物のダブルトラッキングがおすすめです。
モノラルで確認するとは、どういうことですか?
DAWのモノラルスイッチ(左右を一つにまとめて再生する機能)をオンにして、聞くことです。ステレオの広がりを作ったあとで、音が消える、痩せる、といった問題が起きていないかを確認できます。
コーラスで中央のギターを外すのは、なぜですか?
中央を空けると、ボーカルが前に出て、サビの開放感が強調されるからです。ヴァースで密度を作り、コーラスで開くという変化が、曲に抑揚を与えます。
ギターを自分で弾けない場合は、どうすればいいですか?
別のギタリストに弾いてもらう方法と、ワイドナーで補う方法があります。ワイドナーを使う場合は、モノラルでの確認を忘れずに行いましょう。
まとめ:「広く聞こえる構造」を作る
ロックギターを広く聞かせるには、音量を上げるより、構造を作ることが重要です。
ギターが薄くなる、ボーカルが埋もれるといった悩みは、ミックスの構造で解決しやすくなります。
※本記事は、ロックギターのステレオミックスに関する解説動画(Stewart Geddes氏によるミックス分析を含む)の内容をもとに、MASTER SOUND編集部が、音楽制作者・DTMユーザー向けに再構成したものです。






